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SS:040:誇

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それっきり、Aとは疎遠になった。背中に視線を感じることがあっても、頑なに振り向かずにいた。そうしているうちに、やがてお互いの存在を上手に避ける事ができるようになって、今日はもう卒業式だ。別の友人に伝え聞いたところでは、Aは寮のある県外の高…

SS:039:銃

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普段は滅多に怒らないKが本気で腹を立てている。「拾った犬をまた捨てるみたいな真似を俺にさせるな!」マシンガンみたいにまくし立てる。「しょうがねえじゃん」すきですきになったんじゃない。こういうのは自然災害みたいなもんで、きっと防ぎようがない…

SS:038:イエス 

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ああ、うん。そっか。これ、お前がやったの。「覚えてないけどどこかでぶつけたかなぁ?」って思ってた。知らない間に傷が増えてる事はたまにあるんだ。ちょっとあれみたいだよな。奇跡のやつ。ええと、なんだっけ。そう、聖痕。注意散漫だからだって親には…

SS:037:恨

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サスペンスドラマが嫌いだ。たかが恋愛で殺したり殺されたりする。馬鹿じゃねえのって思う。少女漫画が嫌いだ。付き合うの付き合わないので泣いたりわめいたり周囲を巻き込んで大騒ぎする。理解できない。嫉妬とか束縛とか恨みつらみとか、そんな面倒臭いこ…

SS:036:少

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昼寝が嫌いだ。あの、目覚めた後の身体の怠さには毎回うんざりする。なのに夜うまく眠れないツケで昼食を食べるといつのまにか眠くなり、用事がなければそのまま寝てしまう。悪循環なのは分かっているが、この循環をどうやって止めればいいのかがわからない…

SS:035:後悔

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夢を見た。小さな船に乗って懸命にオールを漕ぐ夢だ。どれだけ漕いでも全く進む気配がなくて、よくよく見ると自分が握っていたのはオールではなくアイスの棒だった。水の中に沈む先には『当たり』と書いてある。馬鹿馬鹿しくなって手を離したところで目が覚…

SS:034:勢

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額から滲んだ汗が鼻先からポタリと落ちる。 雫が濡らしたお前の頬を拭おうと思って、うっかり舌が出た。 犬みたいにペロリと。 なんていうかもう、勢いで。

SS:033:夏

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山を切り崩して造成された団地の奥の、切り崩されていない森の中で蝉が鳴く。北向きの窓から風と蜩の声が吹き込む夕刻、所々ささくれ立ったタタミに身体を投げ出してKは眠っている。(もしかして) と思ったとことはある。 が、いつだって (まさか) という…

SS:032:猛

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いつのまにか突っ伏すように眠り落ちていた。ボンヤリとした視界の前には四角い海。テーブルの上に置き去りにされた暑中見舞いハガキの中に広がる青。つまんで文面を読む。『猛暑の折くれぐれもご自愛下さいますようお祈り申し上げます』海に行きたい。もう…

SS:031:はずれ

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駄菓子屋の前に置かれた赤いベンチに並んで腰掛け、アイスキャンディーの袋を破った。日陰にも容赦なく侵食する真夏の熱気を受けて、食べるスピードより早くアイスキャンディーは溶けていく。ぽた、た、とアスファルトに砂糖水が滴り落ちた。「またはずれ。…

031:はずれ(大島幸子)

くじ運が無いと嘆いて同情を誘う狙いもはずれてひとり

SS:010:賞

「…宝くじでも当たんねえかな」「宝くじ?買ってんの?」「まさか。あんな高いもの」「買わなきゃ絶対当たんねえよ」「漫画大賞の賞金でもいい」「漫画?描けんの?」「描けない」「あのさあ」「まああと250日の辛抱だ…明日になったら249日」そうしてAは黙…

SS:009:テーブル

母は不在だった。当たり前だけれどテーブルの上には一人分の食事しか用意されてなかったので仕方なく買い置きのカップラーメンを棚から出して一緒に食べる。唐揚げも分けてやろう。5引く2で3個の唐揚げを食べ終えてからラーメンの残り汁に白米をぶち込む…

SS:008:瞬

土地の安い山間に造成された団地から見下ろす街の灯りは遠い。街に家があるAはわざわざバスでこの学校まで登ってきている。朝は大勢の人間がこの団地から街に向かい、夜になると帰ってくる。その流れに逆らう人間に対してバス時刻表は不親切だ。最終バスは…

SS:007:別

下校を促すチャイムの中でAは言う。「回数券無いし、帰れない」「バス代くらい貸すけど」「帰りたくない」不意に、小学二年生の夏に起きた出来事を思い出す。ほんの気まぐれで通りすがりに撫でた犬が家まで付いてきたのだ。団地では動物が飼えない。いま思…

SS:005:叫

古い団地古い幼稚園古い小学校古い中学校。マンモス団地の造成にあわせて作られた教育施設が仲良く老朽化している。酷い日焼けをして中途半端に皮が剥けたような状態の壁を持つ建物の間に、夏になると時折「キャー」という声が響く。幼稚園でプール遊びが始…

SS:004:やがて

眠れなくても朝はきて、やがて必ず夜になる。眠つきの悪い人間にとって夜の訪れは憂鬱だ。眠るのがこわい。意識を手放す恐怖。永遠に目が覚めないのではないかという恐怖。教卓の花瓶に活けられた花を眺めるAに「死んでるんだぜ、それ」と言ってみる。勇者…

SS:006:券

「回数券が見つからない」とAはカバンの中身を机の上にぶちまけた。「切り離して持ち歩くから無くすんだよ」「だって冊子のままじゃ財布に入らないし」ないないと言いながら、とうとうAはシャツを脱いで裏返してみたりする。馬鹿だ。そんなところにあるわ…

SS:003:各

作り物のように均一化された個性は幼体期を生き抜く知恵であり擬態だ。かつてその薄皮を脱ぐタイミングは『各自の判断にて』であったが、最近では「それじゃあ困る。不公平だ」とPTAからの苦情が相次ぎ、号令がかけられることになった。彼らは息を潜めて逸脱…

SS:002:甘

イチゴ味のかき氷シロップは真っ赤な無果汁。色も味も香りも苺より苺そのものなのに全てが作り物だという不思議。そういえば春に食べた『本物の苺』は味も香りも甘みも薄かった。リアルなものにはばらつきがある。日照時間と最低気温に左右されるリアル。「…

SS:001:新

ラジオ体操が嫌いだった。夏休み、これがなければずっと寝ていられたのにと恨めしく思ったものだ。半覚醒のまま近所の公民館へ行き、同級生におはようを言い、体操してハンコを押してもらってたまにカップ入りのかき氷なんかを貰う。ベタベタした湿気をまと…